化学研究の世界で「どこに、いかに」官能基を導入するかは勝負を分ける。そんな局面で、研究者から定評を受けるN−クロロスクシンイミド（NCS）の真価が発揮される。ラボ試薬として世界各地から安定的に供給される NCS は、緩やかかつ精密に Cl を導入できる“スマートな Cl 源”であり、創薬化学、マテリアルズサイエンスなど多方面でニーズが高まっている。

従来の塩素ガスなどと比べると、NCS は反応場を限定しやすく、副生物も最小限に抑えられる。とりわけ電子求引基で減活した芳香環を単一位置のモノクロリネーションする際に威力を発揮し、医薬中間体合成の効率化を後押ししている。

用途は芳香族クロリネーションにとどまらない。活性メチレン基への選択的ハロゲン化、アリルボロン酸からアリルクロライドへ一挙に変換する触媒系との併用、あるいは複雑な複素環の骨格構築まで、NCS は多様な反応設計に溶け込む。適度な反応性がプロトコルの再現性を支え、条件探索の手間を減らす点も大きい。

さらに見過ごせないのは酸化反応への貢献だ。チオールをスルホニルクロライドへ酸化する際、NCS を温和な Cl 源兼酸化剤として利用できる。供給体制が整っており、高純度ロットが得やすい点も基礎研究からプロセス開発まで幅広く好まれている理由である。

総じて NCS は、反応性のコントロールが容易で、システムへの適用範囲も広い“戦略試薬”である。有機合成のフロンティアを切り拓く鍵として、その存在感は今後さらに大きくなると見込まれている。