ペプチド化学が直面する最大課題は、限られた数のアミノ酸をどれだけ精度高く連鎖させられるかに尽きる。その鍵を握るのが保護アミノ酸の戦略的利用だ。とりわけ固体合成法(SPPS)の定番であるBoc(tert-ブチルオキシカルボニル)戦略で注目を集めるのが「N-alpha-Boc-N-epsilon-benzyloxycarbonyl-D-lysine(略称:Boc-D-Lys(Z)-OH、CAS 76477-42-4)」である。カスタムペプチド合成やペプチド医薬品開発に携わる研究者にとって、そのメカニズムを正確に理解することは必須だ。

リシンは、アルファ位とイプシロン位の二つの反応性アミノ基を持つ特殊なアミノ酸。ペプチド鎖への取り込みを成功させるには、両アミノ基をそれぞれ適切な保護グループで仮にブロックし、不要な副反応を排除する。この誘導体では、バックボーン側のアルファアミノ基を酸切断可能なBocで、側鎖イプシロンアミノ基は触媒加水分解でしか開裂しないZ(benzyloxycarbonyl)で保護というダブルロックが施されている。アルファ-Bocの選択的脱保護によって次のアミノ酸を鎖状に延長できる一方、イプシロン-Zは最終的な樹脂からの開放まで耐える。この巧妙な設計により、狙ったシーケンスのペプチドを高い歩留まりで得られる。

もちろんSPPSにはFmoc法も存在するが、酸性条件下での安定性やある種の官能基への対応を考慮すると、今日でもBoc法は消えないニッチを保っている。Boc-D-Lys(Z)-OHを使用する際は「高純度」「バッチ間ロット差が極めて小さい」製品を入手する必要がある。保護アミノ酸の品質は、合成したペプチドの総収率、精製困難度、最終製品の結晶性などに直結する。創薬段階では、1残基分の立体配置が生物活性・代謝安定性・in vivo効力を決めるため、化学的精度は業務的な“品質”をはるかに超越する。

さらにD-リシンという逆配置アミノ酸を取り込むことでペプチドの立体化学的多様性を付与でき、プロテアーゼによる分解耐性を高めて血中半減期を延ばすことができる。ペプチド医薬の“弱み”を一挙に克服する切り札であり、代謝疾患や腫瘍標的治療の有力なリードとして期待が高まっている。

研究機関も製薬企業も、実用化を見据えた継続的な高品質保護アミノ酸供給体制の確保が急務だ。研究用量はもとより、商業ベースでのスケールアップでもロットごとの均一性を担保しなければならない。ペプチド合成のイノベーションは、こうした基盤となるケミカル・ブリッキングブロックの進化に比例する。最先端のR&Dを志向する企業ほど、いかに優れた材料を確保できるかに成否がかかっている。