かつて「世界最悪の薬害」とも呼ばれた化合物「タリドマイド(CAS 50-35-1)」。妊娠初期の鎮静剤・つわり止めとして導入された半面、新生児に四肢短縮などの重篤奇形を引き起こした歴史的悲劇を背景に、薬事行政は決定的な転換点を迎えた。いわゆるサリドマイド(タリドマイド)事件は、薬物の催奇形性リスクを厳格に評価する体制の礎となり、前臨床試験の徹底と薬事規制の強化を世界に求めた。

同時に、分子機構の解明とともに薬は見事な復権劇を遂げている。特に血液腫瘍「多発性骨髄腫」の治療では免疫調整および新生血管阻害作用が奏功し、第一線で使用されるまでに至った。ハンセン病の結節紅斑への効果も確立され、同一化合物が悲劇と救済を両立させる例として医学界の関心を集める。

現代の薬品基準では、医薬品原薬(API)/中間体製造は文字通りナノレベルの精度管理が求められ、タリドマイドの場合はその最たるものだ。薬物安全性と規制の進化は、妊娠可能な女性に対して最大限のリスク管理策を貫くことで実現している。OTC時代の気軽な購入から、厳格な処方監視システムを経由した処方薬へと変貌した変遷は、製薬安全の成熟を物語る。

今も続くタリドマイド研究は、たんなる警告の象徴ではなく「科学的贖罪」の物語だ。副作用と治療効果のフルスペクトルを正確に把握し、倫理と規制を両立させれば、最も問題視された薬でさえ貴重な医療ツールとなる。この教訓は次世代創薬の羅針盤であり、医療界が忘却を許されない記憶として語り継がれる。