従来は血管拡張作用で知られていたファスジル塩酸塩(Fasudil HCl)について、その神経保護効果に世界中の研究者が注目を集めている。Rhoキナーゼ(ROCK)という細胞内シグナル分子を強力に阻害することで、神経細胞の生存と機能維持に直結する機序に介入、脳卒中や神経変性疾患への応用が期待されている。

ROCKは中枢神経系で神経障害や炎症の主導的役割を果たしており、ファスジルのROCK阻害作用は神経細胞のプログラム細胞死(アポトーシス)を抑制し、さらに脳内炎症反応を軽減させることが動物実験や初期臨床試験で示されている。したがって脳卒中の急性期から脊髄損傷、パーキンソン病、アルツハイマー病など、幅広い神経疾患が新たな治療対象となり得る。

加えて、ファスジルは脳血流の改善効果も報告されており、虚血性障害や血管性認知症の病態改善への寄与も期待されている。血流改善と直接的な神経保護というダブルアプローチにより、損傷後の神経回復・再生環境を総合的に整える点で他の候補化合物を一歩リードしている。

現在、日本では脳血管痙縮(脳血管攣縮)への使用実績がある一方で、神経変性疾患への適用は臨床開発段階にある。脳という極めて感受性の高い臓器を標的とする以上、副作用や相互作用の詳細なプロファイル、個別化投与レジメンの確立は必須である。将来的には、経口的継続投与や組み合わせ療法の可能性も模索されるが、現時点では慎重な用量設定とモニタリングが欠かせない。

ファスジル塩酸塩は、今後の神経疾患治療戦略の中心的候補として位置づけられる製薬中間体でもある。現在進行中のメカニズム解明・臨床開発を通じ、これまで根治療法が確立していなかった難治性神経疾患患者への新たな治療選択肢が開けることを期待したい。