東京 2024年5月31日 がん治療の戦略は変革期を迎えている。ビタミンAから得られる活性代謝物「レチノイン酸」が、分化を誘導するという独自のメカニズムで注目を集めている。特に、アキュート前骨髄球性白血病(APL)の治療で同物質が示した劇的な効果は、今日のがん医療の常識に一石を投じた。

分化誘導という新戦略

従来の治療はがん細胞を「殺す」ことに重点を置いてきたが、レチノイン酸はその戦略を転換させる。白血病細胞に存在するレチノイン酸受容体(RAR)に結合することで、異常細胞の分化を促し、無制御な増殖を止めて正常な機能を持つ細胞へと成熟させる。このメカニズムによりAPL患者の高い寛解率が得られている。

がんの種類を広げる挑戦

APLでの実績は、レチノイン酸の適応範囲拡大を後押ししている。腫瘍抑制遺伝子の発現をコントロールすることで、腫瘍増殖を抑え、癌化し得る病変の進行を防ぐことも期待されている。現在、乳がんや肺がんなど多様な固形がんでも臨床研究が進められている。

効果と副作用との綱渡り

強力な生物活性は患者の安全管理を要求する。代表的な副作用である分化症候群をはじめ、副作用リスクを見極めながら十分な血中濃度を維持する個別化治療がカギになる。医療チームによる厳格なモニタリング体制と患者教育は欠かせない。

将来展望

ビタミン誘導体から命を救う薬へ——レチノイン酸の軌跡は精密医療の縮図だ。後期臨床試験では新規組換えタンパクとの併用や緩和ケアでの活用が試される。分化誘導療法の進化は、がん患者のQOL向上にも新たな道を拓く可能性を秘めている。