慢性痛は全世界で数億人のQOL（生活の質）を蝕む大きな課題である。従来の治療はオピオイド系薬に依存しがちで、依存性や副作用という負の連鎖を生む恐れがあった。こうした背景から、自然界に存在する新規鎮痛物質への関心が急速に高まっている。中でも注目を集めているのが、漢方生薬延胡索（エンゴサク）に含まれる「D-テトラヒドロパルマチン（以下D-THP）」という天然アルカロイドである。

近年の国内外研究が示すのは、D-THPが「炎症性」だけでなく「神経障害性」疼痛の両方に実効性をもつ点だ。作用機序の柱はドーパミンD2受容体への拮抗作用で、脳内報酬系と疼痛信号を間接的にブロックすることで持続痛を抑制する。また、ミクログリアの過剰活性化を抑えることでTNF-αやIL-1βなどの炎症性サイトカインの産生を減らし、二次性の神経炎症を鎮める効果も報告されている。

オキサリプラチン誘発モデルを用いた基礎試験では、D-THP投与により痛閾値が統計的に有意に改善し、末梢神経の機能障害緩和にも寄与することが示された。さらに、ASIC（酸性敏感イオンチャネル）への低親和力ながら選択的な阻害活性により、pH低下性疼痛の緩和にも関与している可能性が示唆されている。

以上の特異的メカニズムに加え、D-THPは抗炎症作用と神経保護作用を併せ持つというマルチターゲット・プロファイルが魅力だ。炎症を根幹とする痛みに対しては原因を取り除き、神経障害性疼痛では再生環境を整えるという“標準治療の足りない空白を埋める”可能性が臨床現場から高く評価されている。今後の大規模臨床試験が注目されているが、もし効能と安全性が実証されれば、慢性痛という難治領域に新たな選択肢をもたらす可能性は大きい。