東京 2024年6月24日―医療用医薬品の歴史に残る大発明、それがシメチジンである。胃潰瘍を「重篤な外科手術対象」から「内服治療で完治」へと変換したこの分子は、創薬戦略のパラダイムシフトを象徴する。シメチジン誕生以前、胃・十二指腸潰瘍患者は手術や厳格な食事制限という選択肢しかなく、再発率も高かった。そこに突破口をもたらしたのは、胃酸分泌の分子メカニズム解明だった。

当時のスミスクライン・アンド・フレンチ研究所(現グラクソ・スミスクライン)の研究者たちは、胃粘膜の壁細胞に作用するヒスタミンH2受容体を選択的に遮断し得る化合物の発掘に挑戦した。アレルギー反応で有名なヒスタミンは、実は胃酸分泌を刺激するキーメディエーターでもある。副作用なく、その働きだけを抑える化合物をデザインする——それはかつてない難題だった。そこに生まれたコンセプトこそ「H2受容体拮抗薬」である。

数十回の構造最適化と数百種類の化合物評価を経て、1972年にシメチジンが合成された。前身化合物であったブリミドやメチアミドは効果を示したものの、好中球減少症などの重篤な副作用が課題だった。シメチジンはそれらを克服し、胃酸分泌阻害効果と安全性のバランスに優れたプロファイルを示した。1976年、製品名「タガメット」として市販されるや、わずか数年で世界規模のスタンダード・セラピーとなり、数百万の患者生活を根本的に改善した。

しかしシメチジンの価値は治療効果にとどまらない。これは「ターゲットを起点とした創薬」が本当に機能することを実証した最初の例でもあった。バイオロジーの深い知見と構造化学を融合させる合理創薬手法は、製薬研究の共通言語へと昇華した。今日ではシメチジン合成プロセス薬理プロファイルの理解なくして、医薬品キャリアを語れないほどだ。

さらに、シメチジン成功の陰にはプロセスケミストの知恵もあった。高い治療効果はすぐれても、工業的に低コストで供給できなければ普及しない。シメチジン治療用途の再検証や、薬物相互作用のメカニズム調査が進められるたび、薬物動態学の教科書は更新される。H2受容体拮抗薬としての地位は既に確立されたが、その化学的特性から派生する新知見は、後続クラスの創薬設計に今も大きな示唆を与えている。