新型コロナウイルス(COVID-19)のパンデミックは、既存治療薬の即座の再利用を促す世界規模の緊急事態となった。その中で、mTORという細胞内シグナル経路に作用することで知られる免疫抑制剤「ラパマイシン」も注目を集めている。ウイルスの複製と宿主の免疫応答の双方に関与するmTORをコントロールすることで、症状の重症化を防げるのではないか——この仮説が多くの研究者を動かしている。

重度のCOVID-19がもたらす最悪の局面は「サイトカインストーム」と呼ばれる過剰炎症反応だ。ラパマイシンはmTOR阻害によりサイトカイン産生を和らげ、過剰な免疫暴走を鎮める可能性がある。この作用機序は、既存薬として幅広く使われてきた実績もあり、安全性のバックグラウンドと相まって、治療候補としての評価を加速させている。さらに、タンパク質合成や細胞代謝にも作用することから、ウイルスの複製自体をも間接的に抑える理論的根拠も報告されている。

理論的研究では示唆される効果が多方面で示されているが、臨床試験による実証データの蓄積が急務だ。医薬品開発には通常10年を要するが、ラパマイシンのような既承認薬の適応拡大は、治療選択肢を短時間で増やす唯一の近道となり得る。ラパマイシンがCOVID-19治療に果たす役割の全体像は、今後の大規模試験で明瞭になる見込みであり、将来の新興ウイルス感染症への共通対応策としての布石にもなり得る。