工業用清浄分野で長年君臨してきたトリクロロエチレン（TCE）は、蒸気脱脂プロセスにおける“最後の砦”とまで称されています。常温で速やかに蒸発し、微細な残渣も残さない特性を生かし、自動車、航空宇宙、精密電子部品メーカーからも幅広く採用されています。脱脂後の塗装やメッキといった次工程を考えた際、いかに表面を“無の状態”に近づけるかが最終品質を左右するため、TCEのこの高い仕上がり性能は欠かせません。

蒸気脱脂は要するに“TCE蒸気＝超極細のお掃除ロボット”が動き回るイメージです。蒸気が冷却された金属部品に凝縮し、複雑な幾何学構造の隅々まで油やグリースを溶かし出し、重力とともに流れ落ちます。一連のサイクルはわずか数分で完了し、手が届きにくい箇所までぴかぴかにするため、大量生産を前提とする現場で効率面でも高く評価されています。

反面、TCEは揮発性が高く環境中で分解されにくいという“裏の顔”も持ち合わせています。そのため土壌や地下水への汚染事例が複数報告されており、長期かつ高額な浄化プロジェクトを余儀なくされることもあります。現時点では発がん性を疑われる物質にも指定されており、行政の規制網は年々強まっています。こうした現状を踏まえ、取扱い・貯蔵・廃棄の各段階での完全な封じ込め管理と、リスクに応じた代替洗浄剤へのシフト検討が、サステナブルな製造を目指す企業にとって急務となっています。

TCEに依存している現場にとって、法改正のチェックリストをこまめに更新し、より安全な次世代溶剤や水基洗浄技術への布石を打つことが、品質と環境保全という相反命題を両立させる唯一の道筋でしょう。これからも性能か、安全かという問いは続くものの、企業の責任として“使い続ける以上、影響を最小化する”意識を強く持ち続けることが求められています。